三ヶ根山のエンジン  第 5 章 展示エンジンの調査 (その2 比島観音・零戦)

1)日米の空冷星型エンジン調査

 日米両国の主な空冷星型エンジンの要目表を掲げる。零戦に搭載された「栄」エンジンの気筒口径は130ミリと、 比島観音前に展示されているエンジンの口径140ミリより小さい。

 この表の中で、口径が140ミリのエンジンは「金星」と「瑞星」だが、 両者の間で気筒行程が異なるので、展示エンジンがこの二機種のうち何れであるかは更に詳細な調査が必要である。

空冷星型エンジンの要目表
エンジン機種 筒径×行程 気筒数 馬力 搭 載 機
三菱「金星」 140×150 14 1300 96陸攻、99艦爆
三菱「瑞星」 140×130 14 1080 100式司偵、屠龍
三菱「火星」 150×170 14 1850 1式陸攻、雷電
三菱「A18」 150×170 18 1900 飛龍
中島「栄」 130×150 14 1100 零戦
中島「誉」 130×150 18 2000 紫電、紫電改、彩雲、四式戦
ライトR1820 155.6×174 9 1350 B-17、DC3
ライトR2600 155.6×160.2 14 1750 TBF/TBMアベンジャー
ライトR3350 155.6×160.2 18 2200 B-29
P&W R2800 146×152 18 2000 F4Uコルセア

2)現地調査

2010年7月7日、岡田・岡・林の三名は三ヶ根山頂の駐車場で落ち合い、参道を通って比島観音前広場へ行った。 零戦用とされるプロペラ付のエンジンは広場入口右側に展示してあった。

■気筒内径(シリンダーバレル内径)測定

14個の気筒のうち、シリンダーヘッドが外れ、シリンダーバレルが露出しているものが調査の対象になった。 具体的には、下側(後列)のシリンダーについて、正面から反時計回りに@からFの番号を付し、ノギスで測定した。
@ヘッド残存測定不可
A変形大
B変形大
C測定不可
D変形大 X方向149.3mm Y方向127.3mm
E140.40mm
F140.35mm
この結果から、EF気筒の測定値をもって、このエンジンの気筒設計寸法は140mmであると判断した。

■シリンダーバレルの全長の測定

次に、ピストンの行程を確認するために、シリンダーバレルの全長を測定する必要があった。

しかし、バレル内部にピストンが詰まったままのものは測定不能である。 ただ1個、ピストンの溶損がひどく、シリンダーバレルの底に巻尺が届く気筒(DとEの上側の気筒)があったので、 巻尺の先を底に引っ掛け出口で測ってみると バレル全長は220〜225ミリであった。

一通り調査を終わり、天候も怪しくなったので、駐車場付近の四阿(あずまや)に戻り昼食を摂った。 名誘ギャラリーから貸出させてもらった金星取扱説明書所載の図から試しに、バレル全長を読み取ってみると250ミリであった。

この値をもとに気筒行程が推定できないか、と考えた。 例えばピストン高は、上死点でピストン上面が気筒上端に、下死点でピストン下面が気筒下端に来るものとして計算できる。 金星の場合、バレル全長(250)から気筒行程(150)を差し引き、2で割ればピストン高は50となる。 逆にピストン高が分れば気筒行程が分る。
その後、気筒関係の情報を集めて結果を下表にまとめた:

気筒関係の情報 (ピストン高:ピストンピン中心から頂面までの高さ)
エンジン機種 内径 行程 気筒全長 ピストン高 参考文献(添付)
A18 150 170 264(図面) 47(計算) A18気筒図面
金星 140 150 250(読取) 50(計算) 金星取扱説明書
瑞星 140 130 220〜225(実測) 45〜47.5(計算)
223(図面) 46.5(計算) 瑞星気筒図面

その結果、図面をもとにして計算したA18と瑞星のピストン高はほぼ同じで、47ミリと言う結論を得た。 異なった機種でも、気筒径が同じなら、ピストンの共通化も想定される。

この調査から零戦用とされるエンジンは、行程の差から「金星」ではなく「瑞星」であると結論される。

その理由は、その後、瑞星の気筒の図面を確認したら、全長は223mmであり、我々が現地で確認した220〜225mmと合致する。 これは、ピストン行程が、130mmである瑞星のエンジンに使用していたシリンダーであり、 ピストン行程は130mmということになる。

■ピストンストロークの計算
ピストンストローク = シリンダーバレルの全長 223 - ピストン高さ 46.5 X 2 = 130mm

ピストン高さ 46.5 X 2は、ピストンの長さと同じです。

ピストンは、上死点でシリンダーの上端にあり、下死点で、ピストンの下端がシリンダーの下端となる、 よって、シリンダーの長さから、ピストンの長さを引けば、ピストンストロークとなる。

最後に曲がったプロペラの長さや最大幅を測った。 様々な測り方をしたが、付け根部と先端部を別々に測って加算した長さは、プロペラ直径で(1380+160)×2=3080であった。 その測定精度には問題がある。

下表に「栄」と「瑞星」の性能を比較したが、ほとんど同等であるから、プロペラも同じものを使用していた可能性が高い。

エンジン機種 形式 馬力 回転数 プロペラ直径
21型 1130hp 2750rpm 2900mm
瑞星 21型 1080 2700 .

(注)表中、馬力と回転数は離昇時の値である。

以上の調査のもとになる情報は、 「三ヶ根山展示航空エンジンに関する調査結果」に記録されている。

調査を終えたあと、殉国七士の墓に詣で、B29用とされるエンジンを見分して下山した。

■シリンダーとヘッドの結合方法について(技術的興味ある方へ)

我々は、調査の過程で、シリンダーとヘッドの結合方法について技術的興味が湧いた。その後の情報を含めて、 シリンダーとヘッドの噛み合い部はピッチ3mmのネジ構造となっており、組み立てはヘッドを加熱して焼き嵌め状態で ねじ込んでいると推定される。

その根拠は、 ”文献(前間孝則著・悲劇の発動機『誉』P284)”および、『三ヶ根山のエンジン』のHPを訪問された 航空エンジン研究家の角間洋二郎氏のその後の調査で明らかになった。 下記に、角間氏からの報告書を転記します。

シリンダーとヘッドの図面および作業手順書が三菱重工名誘ギャラリーに保存されているマイクロフィルムの 中から発見された。その中からシリンダーとヘッドの組立状態について検討した結果を報告する。 なお、以下文中の数値は火星系エンジンのものを示す。

1.シリンダーの噛み合い部

シリンダーの部品図には一般的図法ではネジらしく表示されており、外径161mm、「3.00p」の記述があり、 ピッチは3.00mmと推定される。縦断面形状は正三角形で、隅R0.25〜0,45mmの指示がある。 機械加工の手順書には、当該部の加工に「螺子切りフライス盤」、「ネジ切りカッター」を使用する指示がある。

2.ヘッドの噛み合い部

ヘッドの部品図のネジらしきところに、「159.5mm」、「有効径157.55mm」、「3.00p」の記述がある。 159.5mmをメネジの谷径、3mmをピッチとすると、 有効径との関係はJIS(当時はJESか?)のメートルネジの関係と一致する。

3.シリンダー/ヘッド組立手順

組立手順書には準備として、ヘッドについて「ネジ入口部の返り除去」の指示がある。 シリンダーとヘッドの組立方法は次の通り ヘッドのみを内側上向き(点火栓が下)の状態で、ガス炉で320℃に加熱し、 ネジ部に豚脂(グリスのことか?)をつけたシリンダーを上からあてがい、電動機の回転力でねじ込む。

4.現地エンジンの再調査

比較的原形を留めていると思われるシリンダーについて、噛み合い部の詳細観察を行った。 シリンダー噛み合い部の(オ)ネジ状部に、谷に沿って糸を巻きつけたところ、一周回ったところで一山ずれたことから、 螺旋形状になっていることが判った(写真左)。  また、山の端部ではネジの切り始めと思われる不完全ネジ部の様子が見られる(写真右)。



5. 噛み合い状態の考察

以上からシリンダーとヘッドの噛み合い部はピッチ3mmのメートルネジであると推定する。 その組み立て状態について検討する。

組立前の常温状態では
   メネジ(ヘッド)有効径 157.55mm
   オネジ(シリンダー)有効径 159.05mm(=161−0.649519×3)
であり、直径差は−1.5mmでネジは嵌合しない。
組立手順書にある、320℃にヘッドを温めると
   メネジ(ヘッド)有効径 158.68mm (線膨張計数24×10の−6乗/℃として)
   オネジ(シリンダー)有効径 159.05mm(変化なし)
直径差 −0.37mmとなり、軟化したアルミであれば、トルクをかければ強引にねじ込むことが可能な程度であろう。 組立後、常温に戻った状態ではヘッドは元の157.55mmに戻ろうとするが、 内側のシリンダーが突っ張るために0.7%引張り歪みを受けることになる。 アルミの比例限界を0.3%とすると、組立によってヘッドには0.4%の初期歪みが残留することになる。

エンジン運転時は気筒温度の上限を定めて運転している。これを250℃とすると、
   メネジ(ヘッド)有効径 159.88mm
   オネジ(シリンダー)有効径 159.42mm(線膨張係数10×10の−6乗/℃)
直径差+0.46mmとなる。 比例限界内の歪み0.48mmは吸収されるとして、直径差−0.02mmとなり、 計算上の誤差を考えると、ネジ部の焼き嵌め効果は運転時にはあったとしてもゼロに近い状態ではあったと推定される。

6.ヘッドの取付位相

ヘッドとシリンダーがねじ込み式であった場合、クランクケースとの取付位相をどのように合わせるのかが疑問であったが、 今回発見した図面の中にその答えがあった。 クランクケースとの結合はシリンダーのフランジで行うが、 フランジの取付ボルト孔をヘッドとシリンダー組立後に穿孔することが図面に指示されていた。 吸排気ポートやカムロッドの位置に合わせて取り付けフランジにボルト孔を明ければ良い訳である。

7.追加調査の結論

以上から、シリンダーとヘッドの噛み合い部はピッチ3mmのネジ構造となっており、 組立はヘッドを加熱して焼き嵌め状態ではねじ込んでいると推定する。

シリンダーとヘッドの結合構造図(前間孝則著・悲劇の発動機『誉』P281抜粋)




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